あの「最初はグー」を考えた人、志村けんさんの銅像が完成!

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昨年3月に新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなり、日本中がその死を尊んだ志村けんさんの銅像がついに完成し、先日6月26日に志村さんの故郷である東村山市の西武線東村山駅前にて、除幕式が行われました。

銅像の資金は青年会議所など地元の有志で結成された「志村けんさん銅像プロジェクト実行委員会」がクラウドファンディングや街頭募金で調達したとのこと。6000人以上から、目標だった2400万を上回る約2700万円が集まったとの事。銅像は台座を除き、高さが184センチ、重さが284キロで、羽織はかま姿の志村さんがお馴染みの「アイーン」のポースで完成しました。お兄さんの志村知之さんは「ありがとうございました。とてもうれしい。笑顔がいいですね。最初は本人がいつも着ていたジャンパーにジーパンの予定だったが、後世にずっと残るということで羽織はかま姿にすることになった。舞台(「志村魂」)で三味線を弾いている時の羽織はかまがすごく格好よかったのでね。羽織には志村家の家紋も入っています」とコメントしたとのこと。体格が似ている知之さんが採寸のモデルも務めたそうです。ネットでは微妙に似てないとかいう意見もみられますが、私は似ていると思いますし、何よりも“志村さんの銅像ができた”という事が重要なのです。

 

新型コロナウィルスの怖さを日本に教えてくれた人

超有名人でずっと長い間、人気のあった志村さん。全年齢に対応したギャグやコントは、他の芸人には決してなかった独自のセンスをお持ちでした。亡くなった当時、新型コロナウィルスによる死亡者はすでにでていたものの、まだ世間ではその脅威についてまるで認識していませんでした。たしかにニュースでは、コロナの感染や深刻さが毎日のように報道されていましたが、その謎のウィルスの正体がまるでわからず、どこか大したことないのではないか・・・という風潮がありました。そんな状態から一気に緊張を高めたのが志村けんさんのニュースでした。当時、志村さんが亡くなったニュースを世間が知った時、新型コロナウィルスの本当の恐怖が一気に身近なものになり、そしてあの志村さんの訃報に日本中が悲しみとショックに包まれました。その後も有名な方がコロナウィルスで亡くなっていき、現在のようなに一般人はようやくコロナウィルスに警戒できたと思います。志村さんの生前の時のコントなどが今も再放送されている所を見ると、その存在の大きさが改めて知らされます。

 

「最初はグー」を考えた人

「アイーン」「だいじょうぶだぁ」「だっふんだ」など独特のギャグをお茶の間に浸透させてきた志村さんですが、どんなギャグやネタよりも、ものすごい影響力が今でもあるのが、じゃんけんをする時の掛け声。「最初はグー」というのをテレビで最初にやって、世の中に広めたのは、志村さんでした。今ではその出自もわからないまま、小さい子からお年寄りまで、当たり前のようにやっているじゃんけんの前の「最初はグー」。これを最初にやったのはTBS系の伝説のテレビ番組「8時だョ!全員集合」にて、同じくドリフターズの仲本工事さんと二人で行うコントから始まりました。このコントはカウボーイの格好をした志村さんと仲本さんが、じゃんけんを行って、負けた方が罰ゲームを行うというものでした。その時のじゃんけんで使われた掛け声が「最初はグー! ジャンケンポン!」でした。これをきっかけに全日本に広がり、今も皆が当たり前のように使っている掛け声となりました。志村さんは飲み屋での仲間とのやりとりを、当時コントに取り入れたとおっしゃっています。

笑いだけでなく、いろんな形でその影響力をたくさん残していった志村けんさん。改めてご冥福をお祈りし、そして新型コロナウィルスができるだけ早く収束そる事を願っています。

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